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続かない日記、続いちゃう人生

仕事で使う筆記具を探して文具店をうろついていたとき、ふと日記帳のコーナーが目に入って、それであることを思い出した。

私は今年の正月から、日記をつけ始めたのである。
当然のことながら、今は続いていない。

家に帰ると、本棚で埃をかぶっていた日記帳を引っ張り出してみた。
正月から1月19日まで書かれてあり、そこから先は真っ白だった。
当時観ていた映画や本の感想とか、仕事のこととかが簡単に書いてあって、他愛もない内容だったが読み返してみると結構面白かった。
もっとも、書いていた当時は、なんでこんなことをいちいち書き残さなきゃならんのだと思いながらやっていたから、そのうちに面倒くさくなって続かなくなったのだが。

ただ、日記を始めようと決意した時の熱意は、今考えるとちょっとおかしいぐらいで、何か自分の人生を変えてやらんというほどの気持ちだったようにも思われる。
なぜ、ただ日記をつけるだけなのにそんな浮かれた気分になっていたのか、よく思い出せない。
日記をつけるようになれば、何かが変わる。
俺のうだつの上がらない人生が、もっと価値のあるものになる。
本当になぜそんなふうに考えていたのか、今となっては大いに疑問なのだが、八か月前は真面目にそう信じていた。

もしかしたら、そんな大それたことを考えていたから、いざ日記をつけ始めてみると下らないことしか書けないでいて、それで嫌気がさしてしまったのかもしれない。
八か月前の自分は、2018年が激動の人生の始まりになるとでも思っていたのだろうか。
そんなことになるわけがないのは、冷静に考えれば分かるはずなのだが・・・。

日記に限らず、なにかをコツコツと続けるということが出来ない性分である。
勉強も運動もそうだ。
マンガを描いていた時は、何度も絵の練習をしようと決意したことがあるが、それも全く続かなかった。
家の本棚には、日記帳と一緒に、ほとんど使っていない絵の教則本が何冊も埃をかぶっている。
外国語とか、楽器とか、マラソンとか、趣味でも何でもずっと続けて習得している人を見ると心底尊敬する。

継続してコツコツと努力することが出来れば、どれだけ人生が変わったことだろうか。
もっと良い学校に通っていたかもしれない。
あの試合の結果も変わっていたのだろうか。
今みたいに、職場で死んだような顔になることもなかったんじゃないか。
そんなふうに夢見ることもあるが、だからといって今までの人生を悔いたりもしない。
本当に理想とはかけ離れたどうしようもない人生になってしまったと思うが、結局こういう何もしない、何もできない生き方が一番自分に合っていて、楽なのだ。
最近そういうことに気付いてから、もっと今まで以上に何もせず生きていく方法がないか模索している。
何だっけ。最近ちょっと話題になった社会政策・・・。
名前がでてこない。
ちょっと待ってて、ググる。

ああそうだ、ベーシックインカムだ。
「最低賃金を配る」でググったら出てきた。
まあそういうことですよ。(そうなのか?)
これが実行されたら、本当に仕事をやめるのになぁ、とか考える。
まあ現実にはそんな都合よくいく制度ではないのかもしれないけど、政治とか社会とか、そういう難しいことは考えたくない。

また話がわけのわからない方向にいってしまった。

そもそもなんでこんなことをブログに書こうと思ったのだろうか。

日記のことから書き始めて、なにかブログのネタになるようなことがあったような気もする。

ブログを書く前は、何か、こういうことを書けば、結構ウケるんじゃないか、そんなような展望があって、このブログを書く気になったような気もする。

しかし今、全く思い出せない。

もっと名文を書いて、「やっぱこいつの文才はハンパねぇな」って思われようとして、久しぶりにブログを書いていたはずなのだが、どうしてこんな駄文を連ねているのだろうか。
自分でも不思議である。

もっと不思議なのは、こんな不思議な今の心境をつらつらとブログに綴っていることである。

こんなよく分からない文章でも、三日坊主の日記を読んだ時みたいに、後から読み返せば面白かったりするのだろうか。

おーい!未来の俺!!

あいも変わらず底辺這いずり回ってるかー!?
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