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旧友の訃報に触れて

学生時代の親友が亡くなったとの一報を受ける。

夢と才能に溢れている男だった。

そんな男と私みたいなのがなぜ親しくなれたのか、今から思えば不思議なのだが、何かの縁なのだろう、よくウマが合った。

別々の学校だったし、住んでいる場所も近くはなかったが、それにしては頻繁に交流していた。

彼に会いに行くのがワクワクして楽しかったし、疲れ果てた社会人となった今では信じられないことだが、彼の有り余る情熱を肌身に感じるのが心地良かった。

彼は才能があり過ぎたせいで、周囲との衝突も起こしていたようだが、そんな時でも前だけ見つめて瞳を曇らせることがなかった。

眩しい男だった。

彼は在学中から夢を語っていて、その夢を叶えるために努力をしていた。

卒業後はその夢に向かって羽ばたいていった。

そのせいで、地面に埋もれる芋虫のままだった私からは見えなくなってしまい。私の無精もあって、今までろくに連絡をとらずに来てしまった。
今となっては痛恨事である。

人生を考える。

なぜああいう男がこんなに早く亡くなってしまい、俺のようなのが意味のない人生を続けられているのか、分からない。

人生に意味などないのかもしれないし、大半の人がなんの目的も持たずにただその日を生き繋いでいるだけかもしれない。

しかし、あいつは、その生涯を情熱と才能で彩って生きていた男だった。

だから本当に悲しいし、こんなおかしなことを考えてしまっている。

あいつと飲む酒が、本当に楽しかったのを思い出す。

もう少し、意味のある人生を送りたいと思う。

三日経ったらそんな気力は萎えているかもしれないが、とりあえず今は、そう思っている。

お前が死んだって聞いて、こんなことを考えているよって伝えることが、情熱を周囲に溢れさせていたあいつへの、何よりもの弔辞だと思ったので書きました。

合掌
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| 未分類 | 22:49 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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続かない日記、続いちゃう人生

仕事で使う筆記具を探して文具店をうろついていたとき、ふと日記帳のコーナーが目に入って、それであることを思い出した。

私は今年の正月から、日記をつけ始めたのである。
当然のことながら、今は続いていない。

家に帰ると、本棚で埃をかぶっていた日記帳を引っ張り出してみた。
正月から1月19日まで書かれてあり、そこから先は真っ白だった。
当時観ていた映画や本の感想とか、仕事のこととかが簡単に書いてあって、他愛もない内容だったが読み返してみると結構面白かった。
もっとも、書いていた当時は、なんでこんなことをいちいち書き残さなきゃならんのだと思いながらやっていたから、そのうちに面倒くさくなって続かなくなったのだが。

ただ、日記を始めようと決意した時の熱意は、今考えるとちょっとおかしいぐらいで、何か自分の人生を変えてやらんというほどの気持ちだったようにも思われる。
なぜ、ただ日記をつけるだけなのにそんな浮かれた気分になっていたのか、よく思い出せない。
日記をつけるようになれば、何かが変わる。
俺のうだつの上がらない人生が、もっと価値のあるものになる。
本当になぜそんなふうに考えていたのか、今となっては大いに疑問なのだが、八か月前は真面目にそう信じていた。

もしかしたら、そんな大それたことを考えていたから、いざ日記をつけ始めてみると下らないことしか書けないでいて、それで嫌気がさしてしまったのかもしれない。
八か月前の自分は、2018年が激動の人生の始まりになるとでも思っていたのだろうか。
そんなことになるわけがないのは、冷静に考えれば分かるはずなのだが・・・。

日記に限らず、なにかをコツコツと続けるということが出来ない性分である。
勉強も運動もそうだ。
マンガを描いていた時は、何度も絵の練習をしようと決意したことがあるが、それも全く続かなかった。
家の本棚には、日記帳と一緒に、ほとんど使っていない絵の教則本が何冊も埃をかぶっている。
外国語とか、楽器とか、マラソンとか、趣味でも何でもずっと続けて習得している人を見ると心底尊敬する。

継続してコツコツと努力することが出来れば、どれだけ人生が変わったことだろうか。
もっと良い学校に通っていたかもしれない。
あの試合の結果も変わっていたのだろうか。
今みたいに、職場で死んだような顔になることもなかったんじゃないか。
そんなふうに夢見ることもあるが、だからといって今までの人生を悔いたりもしない。
本当に理想とはかけ離れたどうしようもない人生になってしまったと思うが、結局こういう何もしない、何もできない生き方が一番自分に合っていて、楽なのだ。
最近そういうことに気付いてから、もっと今まで以上に何もせず生きていく方法がないか模索している。
何だっけ。最近ちょっと話題になった社会政策・・・。
名前がでてこない。
ちょっと待ってて、ググる。

ああそうだ、ベーシックインカムだ。
「最低賃金を配る」でググったら出てきた。
まあそういうことですよ。(そうなのか?)
これが実行されたら、本当に仕事をやめるのになぁ、とか考える。
まあ現実にはそんな都合よくいく制度ではないのかもしれないけど、政治とか社会とか、そういう難しいことは考えたくない。

また話がわけのわからない方向にいってしまった。

そもそもなんでこんなことをブログに書こうと思ったのだろうか。

日記のことから書き始めて、なにかブログのネタになるようなことがあったような気もする。

ブログを書く前は、何か、こういうことを書けば、結構ウケるんじゃないか、そんなような展望があって、このブログを書く気になったような気もする。

しかし今、全く思い出せない。

もっと名文を書いて、「やっぱこいつの文才はハンパねぇな」って思われようとして、久しぶりにブログを書いていたはずなのだが、どうしてこんな駄文を連ねているのだろうか。
自分でも不思議である。

もっと不思議なのは、こんな不思議な今の心境をつらつらとブログに綴っていることである。

こんなよく分からない文章でも、三日坊主の日記を読んだ時みたいに、後から読み返せば面白かったりするのだろうか。

おーい!未来の俺!!

あいも変わらず底辺這いずり回ってるかー!?

| 未分類 | 23:08 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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褒められた経験

新年度の人事異動に引っかかってしまったため、
今月から新しい支店で働いている。

このあいだ、前の部署では「やって当たり前」のことをやっていたら
上司から「なんて気の利くやつなんだ!」と褒められてしまった。

今までは皆、普通にやっていたことなので
褒められてもそれほど嬉しくなかったというか、
正直言って困惑してしまった。

私はぱっと見マジメに見えるらしく、
最初のころはこんなふうに評価されることも多い。
しかし半年も経つとメッキが剥がれるというか、
本性がバレるので、そのうち
「あ、コイツダメだ」
と思われるようになってしまう。

今回はいつまでもつだろうか。


今まで、
組織の中で称賛を浴びるような経験は皆無だったが、
それでもたまに褒められることはあった。


よく覚えているのは、小学生の頃の相撲大会だ。
私の小学校では毎年相撲大会をやっていた。

昔から身長だけは高かったが、
運動音痴で非力だった私は
相撲の実力はクラスでも下位の方だったと思う。

四年生か五年生の時だったか
その年の私の対戦相手は田村君という
小柄で病気がちな子だった。

クラスの中でも数少ない
「私が勝てるレベル」
の生徒だった。

さて
試合が始まると、がっぷり四つ―
だったかどうかは覚えてないが、
組み合ったまま動けなくなった。

運動音痴同士が相撲を取ると、
お互いにどう動いていいのか分からなくなるのだ。

押したり引いたりを繰り返した後、
二人でもつれ合いながら土俵際で転倒し、
そのまま土俵の外まで転げ落ちてしまった。

私も田村君も膝をすりむいて血を流していた。

行事をしていた担任の先生は
私に軍配を上げてくれたのだが、
膝の痛みで勝利の喜びに浸る気持ちにはなれなかった。

その後のホームルームで相撲大会を振り返った先生が
興奮気味に「高山(私の本名)と田村の試合は凄かった!」と熱弁しだした。

するとクラスの皆もそれに同意して
その年の「一番すごかった試合」に選ばれてしまった。

私は多少誇らしげな気持ちにもなったが、
今から思えば、
私と田村君という、
非力で運動音痴な二人が無様にもつれ合っていただけの
なんのテクニックもない凡戦だったと思う。

しかし出血の派手さに騙されたのか、
私と田村君の一戦は、
クラスの皆からなぜか熱戦と見られてしまっていた。

運動神経抜群の金子君と少年野球のエース・村上君の一戦の方が、
お互いに技を出し合っていて、よほど素晴らしい試合だった。

先生にそのことを言ったら
「技術以上に、気持ちが伝わったんだよ!」
と言われてしまった。

確かに自分なりに気合は入れたつもりだが、
そんなのは他の皆も一緒だと思うのだが・・・

納得はいかなかったが、
なにぶん小学生だったので、
スゴイと言われると嬉しくなってしまって
しばらく得意になっていた記憶がある。

その翌年の相撲大会では、普通に秒殺された。

てか、俺が勝てたのは田村君だけだった気がする。




中学生の頃は、理科のテストで褒められた。

私は本来理科が大の苦手なのだが、
電気のことだったか
詳しくは忘れたが
その時のテスト範囲はなぜか相性が良く
しっかり勉強もして殆ど理解できていた。

テスト本番でも順調に解き進めていたのだが、
なぜか表面を解き終えたところで寝てしまい、
そのまま裏面を解かずにテストが終わってしまった。

なんでテストの途中で寝るんだと思われるかもしれないが
私には昔からそういうところがあるのだ。
自分でも分からない。

テストが返却された後、
成績上位者が発表されるのだが、
それに続いて先生がこう言った。

「点数は平均レベルだったが、一人褒めたいやつがいる。
それは高山だ!
高山は表面の基礎問題は全問正解!でも裏面の応用問題は0点だった!
でも先生は基本を完璧に理解することが大切だと思う!」

まるで成績上位者よりも、私の方が素晴らしいとでも言いたげな口調だった。

名指しで褒められたものの、私はなんともいえない微妙な気持ちだった。

だって裏面が出来なかったのは単に寝たから解いていないだけで、
恐らく寝ていなければ裏面も何問かは正答できたはずだったから。

もしかしたら成績上位者の中に入れたかもしれないし、
そもそも裏面が応用問題だったことすら知らなかった。

まさか、試験中に居眠りをして実力以下の点数を取ってしまったことが
こんなにも褒められることになるとは・・・

ちなみに理科でいい点を取れたのはそれが最後である。

その後、私は見事に赤点ロードを歩み始め、
落ちこぼれ街道を這いずり回ることとなる。


高校の頃も、似たような褒められ方をした経験がある。

数学の授業で、同じようにテストが返却されたとき、
先生が「前回のテストより成績が上がった人」を発表したのだ。

満点近くとった優秀な生徒が発表された後、
「一番点数を上げたのは、高山だ!」と嬉しそうに私の名前を呼んだ。

当たり前だ!
私は前回の試験で0点だったのだ!

今回また赤点を取ったら留年だったから、
必死こいて60点とっただけだ。

そりゃあ60点も点数を上げる生徒なんて私ぐらいしかいないって。

そもそも赤点を取る生徒の方が珍しいのに
0点を取る生徒なんて私しかいないのだ。

それが平均点を取って名指しで褒められるとは・・・


以上が私が印象に残っている「褒められた瞬間」である。

たった三つ!
少な!!


思い返すと、人生で褒められることってこんな感じのことが多い気がする。
私は国語と社会は得意だったので、テストでは毎回上位だったが、
それで褒められた記憶はない。

親とかに成績表を見せても
「もうちょっと理系も頑張りなさいよ」と言われるだけだった。
(ちなみに勉強ママとかじゃないです。普通の母ちゃんです)

反対に「褒められた記憶」を辿ってみると、
0点ばっかりとっていた理系のテストでのこと・・・

なんなのだろうか。

あれか
不良がちょっと優しいところを見せるとギャップが
ってやつなのか

最初に書いたが、
社会に出てからも結構そんな感じだ。

「これ我ながらいい仕事したわ~」
って思うことは意外と何も言われずに

なんの気なしにやったことで
褒められたりすることがある。


あと、良かれと思ってやったことが
裏目に出て叱られることが多い。

これ最悪。


まあ職場や学校での人からの評価なんて
そもそも無能な俺にとってはどうでもいいのだけど、
ふと人生で「褒められた」ことを思い出していたら
こんなことを考えてしまいましたよってことで。

人生は難しい。

| 未分類 | 21:06 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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宇宙開発の名作「ライトスタッフ」

目黒シネマで「ライトスタッフ」が演っていたので観てきました。
アメリカの宇宙開発史の嚆矢、マーキュリー計画を描いた古典的名作です。
音速を越え、大気圏を突破した男たちの物語。

やはり面白い・・・
193分の長い映画だけど、人類の夢に挑んだ男たちの生き様が濃縮されている。
国内初の有人宇宙飛行を達成した栄光の影で、
それぞれの宇宙飛行士たちが抱えた葛藤、
彼ら同士しか分かり合えない友情、
家族への愛、
そして地上に残された者の取るべき道。

私は超・文系人間で、宇宙のこともロケットのことも全く知識はないのだけど、
スペース・レースの話がなぜか大好きで、その手の映画とかめちゃめちゃ感動してしまうのよね。
やっぱり未知のものに挑むってすごいことだと思うんですよね。(語彙力)

今年日本で公開された「ドリーム(Hidden Figures)」も
このマーキュリー計画が舞台になっている作品ですね。

日本では、マーキュリー計画の話なのに
なぜか邦題が「私たちのアポロ計画」になっちゃって炎上…と、
別の意味で話題になってしまった作品ですが、
もちろん内容も素晴らしい作品でしたよ。

「ドリーム」が原題通り日の光に当たらなかった女性たちの功績にスポットライトを当てた作品なら、
「ライトスタッフ」はバリバリ日の光に当たっていた男たちの物語ですね。

「ライトスタッフ」の主人公の一人であるジョン・グレンは、
「ドリーム」でも主人公の才能を認めるイケメン宇宙飛行士として登場しますね。

「ライトスタッフ」で彼ら宇宙飛行士が
功成り名を遂げてテキサスの大集会に招かれるシーンがあるんですが
そこでショーを見つめる彼らの顔が
なんというか
達成感とも違う
憔悴感とも違う
栄光に心から満足できていないようで
自分の仕事に誇りを持っている
そんな表情でさ・・・
そのシーンと同時に
物語のもう一方の主人公である
チャック・イエーガーが戦闘機に乗り込むんだけど
あぁ・・・
そのシーンがめっちゃ素晴らしいんやな・・・(語彙力)

まだしばらく目黒シネマで上映するみたいだし
ちょくちょく名画座やリバイバル上映もされているから
「ドリーム」観て面白かった人は
こっちも観てみることをお勧めしますよ。

それでは


↑有志の方が作った「ライトスタッフ」トレーラー


↑「ドリーム」予告

| 未分類 | 01:19 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ヒゲ

取り立てて面白きこともなく
起伏の無い日々を送る凡夫なれども
何か書かなければという衝動に駆られて。


早いもので、なかなか「いい歳」になってしまったものだと思う。
このぐらいの年齢になれば、老化の一つや二つ表れるものかと考えていたが、
毎日鏡を凝視してみても、なかなかどうして変化がない。

自分の顔は四六時中目に入るので、単に変化に気付かないだけなのかも知れないが、
学生時代の同窓などと再会しても、大抵「変わらないね」と言われるので、
本当に変わっていないのだと思いたい。

これは、私が同年代の方々が大方経験しているような、
心労の伴うあれこれに一切関与せずに生きてきたからでもあろうし、
もともと老け顔だったせいでもあろう。

ただ、一つだけ歳を重ねるとともに顕著になってきてしまったものがある。

ヒゲが濃くなったのだ。

ヒゲが濃いといっても、
鍾馗様のような立派な髭が生えるのならまだ良いのだが、
私のヒゲは細くてうすいので、伸ばしても貧相な針金が顔面から突き出るだけなのだ。
そういったヒゲが、夕飯頃にもなると頬のあたりからツプツプと芽を出し始める。
もともと頬がこけているので、無精髭によって彩られたグラデーションによって
私の人相は甚だ不健康なものになる。
この部分のヒゲは剃っても剃っても綺麗に剃り切れないもので、
最近の私を非常に悩ませている。

ヒゲが濃いといえば、
西武ライオンズの炭谷銀仁朗捕手。
彼もヒゲが濃い。
いつ剃っているのか知らないが、
野球の試合は3時間以上の長丁場である。
たまに試合後にヒーローインタビューなどを受けていると、
顔の下半分が青々としているのがよく目につく。

彼と私はほとんど同年代である。
彼が高卒でプロ入りした時から、私は彼のことを知っていた。
昔はそれほどヒゲの濃い印象はなかったから、
彼もまた、私と同じように「いい歳」になってしまったために、
ヒゲも濃くなったのだろうか。

彼はプロ入り一年目の開幕試合に先発捕手として出場、
数日後には一試合二本塁打を放ち、スーパールーキーともてはやされた。
その後は紆余曲折ありながらも西武ライオンズの正捕手に成長するが、
正直言ってルーキー時代の期待値を上回るような活躍はできていない。
とにかく打撃が悪いのである。

ではなぜ彼が西武ライオンズの正捕手たり得ているかといえば、
それは守備力と、故障しない体の頑丈さと、
そして何より投手陣からの人望が厚いからである。

野球という競技は、一にも二にも投手によって試合が展開されるものであるから、
投手が「この捕手が投げやすい」という態度を表明してしまうと、
その意見を取り下げて他の捕手を起用することが難しいのだ。

炭谷銀仁朗はなにせ正捕手であった時期が長いので、
同僚投手のマウンドでの機微などをよく心得ている。
だから彼らを投げやすくする心得などはよく知っているし、
バッテリー間の信頼関係も築かれていくのだ。
色々な意味で、記録に残らない部分で試合に出ている男である。

しかし、近年になって同じ人望型の捕手で岡田雅利という男が台頭してきてしまったので、
にわかに炭谷銀仁朗の地位が脅かされ始めている。
これでようやく尻に火が付いたのか、今年の炭谷銀仁朗は二割五分も打った。
だがこれとして安心できるような数字ではない。
さらに下の世代には森友哉も控えており、こちらは打撃力ではすでに鶴雀の差をつけられている。

炭谷銀仁朗

ライオンズの正捕手として君臨しながらも、
今一つ殻を破れずに、
台頭する後輩捕手の脅威と戦いながら、
毎年厳しい競技の世界を戦い抜いて、
もうそろそろプロ生活の折り返し地点を曲がろうとしている。

同世代の俺は、
特に何と戦うでもなく、
何をするべきなのかも分かっていない。

頬を撫でて
ざらついた触感に思いをはせる。

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