≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

褒められた経験

新年度の人事異動に引っかかってしまったため、
今月から新しい支店で働いている。

このあいだ、前の部署では「やって当たり前」のことをやっていたら
上司から「なんて気の利くやつなんだ!」と褒められてしまった。

今までは皆、普通にやっていたことなので
褒められてもそれほど嬉しくなかったというか、
正直言って困惑してしまった。

私はぱっと見マジメに見えるらしく、
最初のころはこんなふうに評価されることも多い。
しかし半年も経つとメッキが剥がれるというか、
本性がバレるので、そのうち
「あ、コイツダメだ」
と思われるようになってしまう。

今回はいつまでもつだろうか。


今まで、
組織の中で称賛を浴びるような経験は皆無だったが、
それでもたまに褒められることはあった。


よく覚えているのは、小学生の頃の相撲大会だ。
私の小学校では毎年相撲大会をやっていた。

昔から身長だけは高かったが、
運動音痴で非力だった私は
相撲の実力はクラスでも下位の方だったと思う。

四年生か五年生の時だったか
その年の私の対戦相手は田村君という
小柄で病気がちな子だった。

クラスの中でも数少ない
「私が勝てるレベル」
の生徒だった。

さて
試合が始まると、がっぷり四つ―
だったかどうかは覚えてないが、
組み合ったまま動けなくなった。

運動音痴同士が相撲を取ると、
お互いにどう動いていいのか分からなくなるのだ。

押したり引いたりを繰り返した後、
二人でもつれ合いながら土俵際で転倒し、
そのまま土俵の外まで転げ落ちてしまった。

私も田村君も膝をすりむいて血を流していた。

行事をしていた担任の先生は
私に軍配を上げてくれたのだが、
膝の痛みで勝利の喜びに浸る気持ちにはなれなかった。

その後のホームルームで相撲大会を振り返った先生が
興奮気味に「高山(私の本名)と田村の試合は凄かった!」と熱弁しだした。

するとクラスの皆もそれに同意して
その年の「一番すごかった試合」に選ばれてしまった。

私は多少誇らしげな気持ちにもなったが、
今から思えば、
私と田村君という、
非力で運動音痴な二人が無様にもつれ合っていただけの
なんのテクニックもない凡戦だったと思う。

しかし出血の派手さに騙されたのか、
私と田村君の一戦は、
クラスの皆からなぜか熱戦と見られてしまっていた。

運動神経抜群の金子君と少年野球のエース・村上君の一戦の方が、
お互いに技を出し合っていて、よほど素晴らしい試合だった。

先生にそのことを言ったら
「技術以上に、気持ちが伝わったんだよ!」
と言われてしまった。

確かに自分なりに気合は入れたつもりだが、
そんなのは他の皆も一緒だと思うのだが・・・

納得はいかなかったが、
なにぶん小学生だったので、
スゴイと言われると嬉しくなってしまって
しばらく得意になっていた記憶がある。

その翌年の相撲大会では、普通に秒殺された。

てか、俺が勝てたのは田村君だけだった気がする。




中学生の頃は、理科のテストで褒められた。

私は本来理科が大の苦手なのだが、
電気のことだったか
詳しくは忘れたが
その時のテスト範囲はなぜか相性が良く
しっかり勉強もして殆ど理解できていた。

テスト本番でも順調に解き進めていたのだが、
なぜか表面を解き終えたところで寝てしまい、
そのまま裏面を解かずにテストが終わってしまった。

なんでテストの途中で寝るんだと思われるかもしれないが
私には昔からそういうところがあるのだ。
自分でも分からない。

テストが返却された後、
成績上位者が発表されるのだが、
それに続いて先生がこう言った。

「点数は平均レベルだったが、一人褒めたいやつがいる。
それは高山だ!
高山は表面の基礎問題は全問正解!でも裏面の応用問題は0点だった!
でも先生は基本を完璧に理解することが大切だと思う!」

まるで成績上位者よりも、私の方が素晴らしいとでも言いたげな口調だった。

名指しで褒められたものの、私はなんともいえない微妙な気持ちだった。

だって裏面が出来なかったのは単に寝たから解いていないだけで、
恐らく寝ていなければ裏面も何問かは正答できたはずだったから。

もしかしたら成績上位者の中に入れたかもしれないし、
そもそも裏面が応用問題だったことすら知らなかった。

まさか、試験中に居眠りをして実力以下の点数を取ってしまったことが
こんなにも褒められることになるとは・・・

ちなみに理科でいい点を取れたのはそれが最後である。

その後、私は見事に赤点ロードを歩み始め、
落ちこぼれ街道を這いずり回ることとなる。


高校の頃も、似たような褒められ方をした経験がある。

数学の授業で、同じようにテストが返却されたとき、
先生が「前回のテストより成績が上がった人」を発表したのだ。

満点近くとった優秀な生徒が発表された後、
「一番点数を上げたのは、高山だ!」と嬉しそうに私の名前を呼んだ。

当たり前だ!
私は前回の試験で0点だったのだ!

今回また赤点を取ったら留年だったから、
必死こいて60点とっただけだ。

そりゃあ60点も点数を上げる生徒なんて私ぐらいしかいないって。

そもそも赤点を取る生徒の方が珍しいのに
0点を取る生徒なんて私しかいないのだ。

それが平均点を取って名指しで褒められるとは・・・


以上が私が印象に残っている「褒められた瞬間」である。

たった三つ!
少な!!


思い返すと、人生で褒められることってこんな感じのことが多い気がする。
私は国語と社会は得意だったので、テストでは毎回上位だったが、
それで褒められた記憶はない。

親とかに成績表を見せても
「もうちょっと理系も頑張りなさいよ」と言われるだけだった。
(ちなみに勉強ママとかじゃないです。普通の母ちゃんです)

反対に「褒められた記憶」を辿ってみると、
0点ばっかりとっていた理系のテストでのこと・・・

なんなのだろうか。

あれか
不良がちょっと優しいところを見せるとギャップが
ってやつなのか

最初に書いたが、
社会に出てからも結構そんな感じだ。

「これ我ながらいい仕事したわ~」
って思うことは意外と何も言われずに

なんの気なしにやったことで
褒められたりすることがある。


あと、良かれと思ってやったことが
裏目に出て叱られることが多い。

これ最悪。


まあ職場や学校での人からの評価なんて
そもそも無能な俺にとってはどうでもいいのだけど、
ふと人生で「褒められた」ことを思い出していたら
こんなことを考えてしまいましたよってことで。

人生は難しい。
スポンサーサイト

| 未分類 | 21:06 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

立ち小便について

子供のころから立ち小便が苦手だった。

記憶を辿ってみると、幼稚園のころ家のトイレで立ちションに失敗して、盛大にばらまいたことを思い出した。
人生の初期からこんな記憶が残されているぐらいだから、その後ずっと苦手だったのも無理はない。

小便を便器内に上手く射出するという技術的な意味でも苦手だったし、何よりも小便が跳ね返ってくるあの感覚が大嫌いだった。
子供の頃はよく半ズボンをはいていたから、素足に跳ね返ってくるのがよく分かるのだ。
そんなことをいちいち気にしない男性も多いのかもしれないが、私は昔から汚く感じてしまって嫌だった。
まだ包茎のときは、よりコントロールが難しかったので最後のひとしぼりが突然足元に放たれることもあったし、勢いよく出しすぎて扇状になった小便が便器から外れてしまうこともあった。そんなんでズボンや靴にちょっとでも小便がついてしまうと、トイレから出たあともそれが気になってしまって仕方がなかった。昔からそうだった。

小学生の頃は、トイレに関しては苦痛の記憶しかない。
今でもそうなのか分からないが、私の時代は男が大便の個室に入ると、それがすぐに一大ニュースになって教室に広まっていた。
これは今でも本当に不思議なことなのだが、小学生の男子は学校で大便をすることをとても恥ずべきことだと考えていた。
一度どうしても我慢できなくなって大便をしていたときなど、後から入ってきた同級生がすぐに
「ウンコしてるやつがいるぜ!」
と叫ぶや否やドアをよじ登って中を覗いてきたことがある。(いじめとかではなく、中で誰が大便をしているのか知りたがっての行動である。彼らにとっては、学校内で大便をしている男がいるということが、それほどセンセーショナルなことだったのだ。)
そんなんだから、男子は大便の個室に近づくことすらしなかった。
トイレに行く、といえば、それすなわち立ちションをしにいくということなのである。
だから小学校にいるときの私は、苦手な立ちションをずっと続けなければならなかった。
この頃から、家ではずっと洋式トイレに座って小便をするようになっていた。だから私にとって立ちションは、もはや学校や屋外で尿意を催した際に仕方なく行う非常行動になっていた。

一度小学校でこんな光景を目にしたことがある。
他のクラスの、誰かは知らないが同級生二人がトイレで小便をしていたのだが、その一人が放尿したままあとずさりして便器から離れていった。小便がどこまで届くか試して遊んでいたのだ。勢いが弱くなると慌てて戻ろうとしていたが、すこし外れたようで、隣の同級生が「汚ねー!」と笑いながら叫んでいた。
小便は汚いもの、ちょっとでも外してしまったり、体にかかってしまったら不快なものだと思い込んでいた私にとって、この光景は衝撃的だった。
人間は、他者と関わり合うなかで、自分の価値観や、教えられてきたものが決して絶対的で普遍なものではないということを覚えていく。まだ狭い世間で生きている子供のころなどは、なおさらそれを顕著に味わうことになる。
このぐらいのころから、私は自分が他の人より少し感じやすい性分なのだと思うようになっていった。立ちションを通じて。

中学に上がったころから、学校で大便をすることにあまり抵抗を覚えなくなった気がする。
思春期を迎えて、皆自分自身のことに押しつぶされそうで精一杯の時期(私はそうだった)だから、他人の大便など気にかけなくなったのだろうか。ウンコチンコと大声で叫ぶのが楽しい時期を卒業したからかもしれないし、そもそも学校に拘束される時間が長くなったから、必然的に大便をしなければやっていけなくなったからなのかもしれないが、ともかく中学以降は大便に入れるようになっていたと思う。
もちろん、多少の気恥ずかしさはあったから、コソコソと人のいないタイミングを見計らって、ではあった。だから、小便するためにわざわざ大便に入ることはまだ女々しく感じられて、立ちションは続けなければならなかった。
だけど、この頃はもう包皮を剥くことができたし、長さもある程度まで成長していたからあまり小便を外すことはなかった。それに体も成長していたから、足を大きく開けば尿がかかることを多少軽減できるようにもなった。だから私は、以前ほど立ちションが苦手ではなくなっていた。
この時期はむしろ、放尿よりも四六時中勃起するチンコそのものとどう付き合っていくのかということに、常に悩まされていた。

思春期の臭いも遠いものとなった現在、大人と呼ばれる年齢になった。
今でも立ちションは苦手である。
小便しかしないときでも、基本的には大便スペースに入って座ってする。
たまに会社で「ウンコ多いっすね」などと言われることもあるが、真顔で下痢気味なんだと返すと、それは大変ですねみたいな顔をされてそれでおしまいである。自分自身がクソみたいな男だということを嫌というほど思い知らされてきたから、今更ウンコマンだと思われても気にならない。ああそうだよ俺はウンコマンだ!と叫びたいぐらいである。小学生時代の自分にこのことを教えてあげたい。
余談だった。
大便用に人が入っていたり、座る時間すら惜しい時は立ちションもするが、もうほとんど外すことはないし、昔ほど小便がかかることに敏感ではなくなった。
ただ、最近になって新しい悩みができてしまった。隣に人がいる状況で立ちションしようとすると、なかなか出ないのだ。
私は映画館によく行くのだが、映画が始まる前に必ずトイレにいくようにしている。小さいトイレだと人でいっぱいになるので、当然大便用が空いていないことが多く、仕方なく立ちションをすることになる。満員だから隣には同じく立ちションをしている人がいるのだが、それが気になってしまうのか、よほど膀胱がいっぱいになっていないと小便がでないのだ。
昔からパーソナルスペースが広いのは知っていたが、この現象には本当に困らされている。
なかなか小便が出ないと、隣で同じくらいにやり始めた人はさっさと出し終えて去っていくし、周囲から変に思われないかとか余計なことを考え始めてしまうとなおさら尿意が引っ込んでしまう。そうなるとなぜか余計に周りが気になりだして、隣のオッサンが便器からちょっと離れて小便していたり、出し切った後に豪快にチンコを振り回していると、こっちに跳ね返ってきたりはしないかとか、変なことに意識がいくようになってドツボにはまってしまう。周囲を気にしても仕方がないと分かってはいるから、何とか深呼吸してリラックスしてみたり、下腹部に力を入れて無理やり出してみようともするのだけど、一度こうなってしまうともう無理である。
小便が出ないまま立ち去ると、なぜか自分が不能者みたいに思われるような気がして(誰もそんなことを気にしない)、出し切った感を演出するためにわざとらしくチンコをトントン振って、フゥ~っと一息ついてからズボンを上げてトイレを出る。それでも小便をしないと気分が悪いから、また大便用が空いたタイミングを見計らってトイレに行ったりしている。こんなことをしていると非常に情けなくなってくる。
やっぱり今でも、立ちションは苦手だ。

小田原城を攻めていた秀吉が、配下になったばかりの伊達政宗に自分の刀を持たせ、小田原城を見下ろす丘の上から余裕綽々と立ち小便をした―という逸話がある。立ち小便というのは、男のシンボルをさらけ出して豪快に放尿するという、とても男性的な行為なのだ。
私はそれが苦手である。
とても男らしい性格と言えないのは分かっている。ただ、もっと何も気にせず思いのままに放尿できたらなと思ったりもする。
立ちションひとつとってもみても、子供のころから感じている世の中での生きづらさみたいなのを生理現象が体現して証明してくれているようで、苦悩とか悲嘆とかいうよりはむしろ感慨のようなものを覚えてしまう。

そんなことを考えながら会社のトイレから出ると、手を洗っていた同僚から
「お前のウンコ臭いね」
などと言われた。

ふざけるな、それは前の人のウンコの臭いだ。なぜなら私は大便用に入ってはいたが小便しかしていないのだから・・・。
そんな言葉が出かかったが、それを押し止めると、「そう?ごめんね」と軽く流してトイレを出た。

| 恋愛 | 11:54 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

宇宙開発の名作「ライトスタッフ」

目黒シネマで「ライトスタッフ」が演っていたので観てきました。
アメリカの宇宙開発史の嚆矢、マーキュリー計画を描いた古典的名作です。
音速を越え、大気圏を突破した男たちの物語。

やはり面白い・・・
193分の長い映画だけど、人類の夢に挑んだ男たちの生き様が濃縮されている。
国内初の有人宇宙飛行を達成した栄光の影で、
それぞれの宇宙飛行士たちが抱えた葛藤、
彼ら同士しか分かり合えない友情、
家族への愛、
そして地上に残された者の取るべき道。

私は超・文系人間で、宇宙のこともロケットのことも全く知識はないのだけど、
スペース・レースの話がなぜか大好きで、その手の映画とかめちゃめちゃ感動してしまうのよね。
やっぱり未知のものに挑むってすごいことだと思うんですよね。(語彙力)

今年日本で公開された「ドリーム(Hidden Figures)」も
このマーキュリー計画が舞台になっている作品ですね。

日本では、マーキュリー計画の話なのに
なぜか邦題が「私たちのアポロ計画」になっちゃって炎上…と、
別の意味で話題になってしまった作品ですが、
もちろん内容も素晴らしい作品でしたよ。

「ドリーム」が原題通り日の光に当たらなかった女性たちの功績にスポットライトを当てた作品なら、
「ライトスタッフ」はバリバリ日の光に当たっていた男たちの物語ですね。

「ライトスタッフ」の主人公の一人であるジョン・グレンは、
「ドリーム」でも主人公の才能を認めるイケメン宇宙飛行士として登場しますね。

「ライトスタッフ」で彼ら宇宙飛行士が
功成り名を遂げてテキサスの大集会に招かれるシーンがあるんですが
そこでショーを見つめる彼らの顔が
なんというか
達成感とも違う
憔悴感とも違う
栄光に心から満足できていないようで
自分の仕事に誇りを持っている
そんな表情でさ・・・
そのシーンと同時に
物語のもう一方の主人公である
チャック・イエーガーが戦闘機に乗り込むんだけど
あぁ・・・
そのシーンがめっちゃ素晴らしいんやな・・・(語彙力)

まだしばらく目黒シネマで上映するみたいだし
ちょくちょく名画座やリバイバル上映もされているから
「ドリーム」観て面白かった人は
こっちも観てみることをお勧めしますよ。

それでは


↑有志の方が作った「ライトスタッフ」トレーラー


↑「ドリーム」予告

| 未分類 | 01:19 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

ヒゲ

取り立てて面白きこともなく
起伏の無い日々を送る凡夫なれども
何か書かなければという衝動に駆られて。


早いもので、なかなか「いい歳」になってしまったものだと思う。
このぐらいの年齢になれば、老化の一つや二つ表れるものかと考えていたが、
毎日鏡を凝視してみても、なかなかどうして変化がない。

自分の顔は四六時中目に入るので、単に変化に気付かないだけなのかも知れないが、
学生時代の同窓などと再会しても、大抵「変わらないね」と言われるので、
本当に変わっていないのだと思いたい。

これは、私が同年代の方々が大方経験しているような、
心労の伴うあれこれに一切関与せずに生きてきたからでもあろうし、
もともと老け顔だったせいでもあろう。

ただ、一つだけ歳を重ねるとともに顕著になってきてしまったものがある。

ヒゲが濃くなったのだ。

ヒゲが濃いといっても、
鍾馗様のような立派な髭が生えるのならまだ良いのだが、
私のヒゲは細くてうすいので、伸ばしても貧相な針金が顔面から突き出るだけなのだ。
そういったヒゲが、夕飯頃にもなると頬のあたりからツプツプと芽を出し始める。
もともと頬がこけているので、無精髭によって彩られたグラデーションによって
私の人相は甚だ不健康なものになる。
この部分のヒゲは剃っても剃っても綺麗に剃り切れないもので、
最近の私を非常に悩ませている。

ヒゲが濃いといえば、
西武ライオンズの炭谷銀仁朗捕手。
彼もヒゲが濃い。
いつ剃っているのか知らないが、
野球の試合は3時間以上の長丁場である。
たまに試合後にヒーローインタビューなどを受けていると、
顔の下半分が青々としているのがよく目につく。

彼と私はほとんど同年代である。
彼が高卒でプロ入りした時から、私は彼のことを知っていた。
昔はそれほどヒゲの濃い印象はなかったから、
彼もまた、私と同じように「いい歳」になってしまったために、
ヒゲも濃くなったのだろうか。

彼はプロ入り一年目の開幕試合に先発捕手として出場、
数日後には一試合二本塁打を放ち、スーパールーキーともてはやされた。
その後は紆余曲折ありながらも西武ライオンズの正捕手に成長するが、
正直言ってルーキー時代の期待値を上回るような活躍はできていない。
とにかく打撃が悪いのである。

ではなぜ彼が西武ライオンズの正捕手たり得ているかといえば、
それは守備力と、故障しない体の頑丈さと、
そして何より投手陣からの人望が厚いからである。

野球という競技は、一にも二にも投手によって試合が展開されるものであるから、
投手が「この捕手が投げやすい」という態度を表明してしまうと、
その意見を取り下げて他の捕手を起用することが難しいのだ。

炭谷銀仁朗はなにせ正捕手であった時期が長いので、
同僚投手のマウンドでの機微などをよく心得ている。
だから彼らを投げやすくする心得などはよく知っているし、
バッテリー間の信頼関係も築かれていくのだ。
色々な意味で、記録に残らない部分で試合に出ている男である。

しかし、近年になって同じ人望型の捕手で岡田雅利という男が台頭してきてしまったので、
にわかに炭谷銀仁朗の地位が脅かされ始めている。
これでようやく尻に火が付いたのか、今年の炭谷銀仁朗は二割五分も打った。
だがこれとして安心できるような数字ではない。
さらに下の世代には森友哉も控えており、こちらは打撃力ではすでに鶴雀の差をつけられている。

炭谷銀仁朗

ライオンズの正捕手として君臨しながらも、
今一つ殻を破れずに、
台頭する後輩捕手の脅威と戦いながら、
毎年厳しい競技の世界を戦い抜いて、
もうそろそろプロ生活の折り返し地点を曲がろうとしている。

同世代の俺は、
特に何と戦うでもなく、
何をするべきなのかも分かっていない。

頬を撫でて
ざらついた触感に思いをはせる。

| 未分類 | 23:57 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

あれやこれや

わんばんこ!

カンニング・スタンツ完結からもう一週間以上経ったんですね~

その間に皆さまから頂いた感想の数々
本当にありがたいものばかりです!

改めて感謝いたします!

んで、皆さんのコメント等を見ていると
やっぱり完結させた理由みたいなのを書いといた方がいいのかなぁ
と思いまして。

まあ理由になることは色々あって
文章にするのは非常に難儀なのですが
あれこれ考えてみた結果
あえて言うなら
マンガ(絵)が描けなかったから
になるのかなぁ・・・

みなさんご存知の通り
私は絵が下手で、ささっと気軽に描けるほうじゃありません。
でもその割に結構理想が高くて
マンガを描くからには
ちゃんとしたものを作りたい!って
思ってたんですね
(ちゃんとしたものできてねーだろ!ってツッコミは置いといて…(;^ω^))

でも新都社の読者の方はお優しいので
絵が下手でもかなり高い評価をして頂けてました。
作画がめちゃくちゃな回とかでも
ちゃんと読んで頂けていたので
自分でも「こんなんでもいいのか」とか思ってしまったところもあり
作画適当でも
とりあえず更新すりゃコメントもらえるだろー
みたいになっちゃったのが
正直言ってあるんです。

それで実際コメントも頂けてましたし
Twitterとかでも高く評価して頂いたりしてたんですけど
だんだんそういう反応が嬉しいというより
自分でも良いと思えてないマンガなのに申し訳ないなぁ…
というふうに変わってきてしまって

それでなんか続けていく気が途切れてしまった
って感じです。

これだけだと
「評価してもらってたのを実感できてたのにやめるのかよ!贅沢だな!」
って思われるかもしれないんですけど

もちろん
より高い評価を得たいっていう欲は
常に持っていて

コメント数や閲覧者数がなかなか増えないでいると
「もっと絵が上手ければ人気も出たのかなぁ…」と
悩むことがここ最近は続いていて
(もちろん人気が上がらなかったのは更新速度とか内容とか
画力以外にも色々要因があったと思いますが)

絵が下手でも評価してもらえるけど
自分では納得できていないし
これ以上人気も上がりそうにない

ってことで無駄に悩んでました。

で、
趣味なのに悩むぐらいだったら
いっそ止めるべと考えた結果が
今回の完結のような気がします。

あと
最終話のタイトルが「別れ」で
冒頭の詩が「Fade to Black」

これは完結を考える前から決まっていた
構成なのですが

この話にたどり着いた時
あ!これは「Cunning Stunts」の
ラストを飾るのにふさわしい!!
と閃いてしまったのも完結の理由ですかね(笑)

私も敬愛するジェイソン・ニューステッドのように
「今はたださらばと告げるのみ」といって
手を振りながら去っていこうと決意してしまいました(^^;


↑さらばジェイソン

そんな感じですかね。


あと
ストーリー展開で行き詰ったんじゃないか?
と考えて下さった方もいらっしゃったんですが
そういう悩みは特になかったですね~


下↓に貼ったやつみたいに
マンガを描く前に台本をバァーっと書くんですが

ka.png

この作業は結構楽にできてて
だいぶ先の話までもプロットだけなら思いついてるんです。

今回もなんか最終回っぽくまとめられましたが
当初はこの後も普通に続ける予定でしたし
あんまりストーリー面で悩んだことはなかったですね。
生活してる間常にマンガのことを考えていたような感じだったので
アイディア自体は無限に沸いていたんですよ。

まあ歴史マンガで構成を悩む方がおかしいのかもしれないですけど…


だからやっぱり敗因は画力なんですかねぇ~

え?
だったら絵の練習をして
上手くなればいいじゃんって・・・?

それは・・・
できればとっくにやっている・・・(;^ω^)


まーカンスタは終わっちゃいましたが
私個人が消えたわけじゃないので
気が向いたらまた絡んで頂ければ幸いです

ただでさえコミュ障なのに
カンスタという媒介がなくなると
本当に皆さんの前に出てくることもなくなると
予想できるんですが(^^;

個人的には元気に気ままに生きてるので
今後ともよろしくお願いいたしますm(__)m

出羽守!!!

| 未分類 | 23:39 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。